いじめっ子、いじめられっ子、傍観者

傍観者は、いじめっ子からいじめられないように、距離を置いていたり、同

調しているフリをしています。もちろん、傍観者いじめられっ子に対して、

可哀想に...といった感情は持ちますが、結局他人事です。


いじめられっ子は、傍観者に助けを求めていますが、結局誰も知らぬふりで、

耐え続けるしかありません。


いじめっ子は、そんな状況を謳歌するように、好き勝手をします。


さて、いじめられっ子が、突然ナイフを持ち出して、いじめっ子を刺したら

どうなるでしょう?


傍観者たちは、いじめられっ子が、いじめっ子を撃退したと喜ぶでしょうか?


いいえ、いじめっ子が悪かったはずなのに、傍観者たちはいじめられっ子を

責め始めます。


今まで、一度も、いじめっ子を責めたりしなかったのに、いじめられっ子

過激に撃退した途端、意志を持ち始め、今までのいじめっ子の悪行をそっち

のけで、いじめられっ子を責める。


それは、ナイフを持ち出すことは「やってはいけないこと」だという共通認

識があるからです。こちらが「悪」になれば、相対的に相手が「正義」とな

ってしまいます。相手に「義」を与えるような行為は絶対に控えなくてはな

りません。


でも、いじめられっ子は、追い込まれていたのです。